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アキアジにコマイ? [つれづれ]

先週末は毎年恒例の本家「北のグルメパーティ」。

いつもお世話になってるナカさんが、地元北海道のグルメをドッと東京に送り込んでくれて、主に鉄関連の人たちを中心としたメンバーでの美味しい新年会がこの時期に開催されます。(以前は夏バージョンもありましたが・・)
これを、私が勝手に「北のグルメパーティ」と呼んでるのです。
過去に3回、京都で我が家飲み会のメンバーを中心に開催してもらった事があるので、本来の東京での開催を本家と呼ばせてもらいましょう。

今回は日曜の午前に大学ラグビー部OB会の臨時総会があったので、土曜夜の新年会には参加出来なかったのですが、せっかくだからと金曜夜に前夜祭を開いてもらいました。
金曜午後の飛行機で東京へ
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お天気も良く安定した快適なフライトで、定刻に羽田空港に着陸しましたが、なんとオープンスポットに。
何度も伊丹-羽田便を利用していますが、オープンスポットは初めてです。タラップを降りてバスでターミナルビルへと移動しましたが、幹線ルートで機材も777と中型機なのに、こんな事もあるのですね。

で、大塚のいつものお店で19時から前夜祭開始。
まずはナカさん特製の秋鮭(あきあじ)の干物?
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鮭の旨味と塩味がギュッと凝縮されていて、食べると間違いなくお酒が欲しくなります。
初めて知りましたが、「あきあじ」とは鯵じゃなくて鮭なんですね。
「こうして3つ並べると、なんだかウルトラセブンに出てきたポール星人みたいだね」とナカさん(^.^)
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続いて、水揚げしたての鮭児。
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なんとも上品な旨味です。生臭さが無く、それでいてとろけるような旨みがあり・・・

う~ん・・・もう堪りません・・・とうとうビールから日本酒に代えました。この辺りにはやっぱり日本酒が最高!
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そしてメインはやっぱりこれ!
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特大サイズの毛蟹です。
中に、主のような毛蟹がいました。甲羅にフジツボが付いていて、毛の色も他のと比べて黒い。こんなのが身がギッシリと詰まっているのだそうです。
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確かにパンパンにプリップリな身が詰まっていました。
最後はいつものように甲羅にミソと蟹身とお酒を詰めて炭火で炙っていただきました。
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絶品~

その他にも・・・
ブリ子の詰まったハタハタと本物のシシャモ
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ルイベ漬け
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生蛸
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そして氷下魚。“こまい”と読むそうです。
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本当にどれもこれも美味しくて、お腹がいくつも欲しくなります。
そしてお酒がとっても美味しくて・・・
ビールから、ずいぶんたくさん日本酒をいただき、そして最後はサッパリとタンタカタン(鍛高譚)。

で、締めにはやっぱり「いくらのご飯丼」。今回も名前の通り、いくらの中にご飯を乗せたくらいの比率でいただきました。
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これまた絶品絶品~

前夜祭とは言え、今回もフルコースでいただけました。美味しい物を食べて、美味しくお酒を飲む。最高な幸せですね~

と、いう事で、翌日の鉄フリーマーケットは特筆する事なく、伊丹行き最終便で東京を後にしました。
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ほっぺにチュッ [わんわん]

とある昼下がり・・・
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おっ♪ 仲良くしてるやん(^^♪

懐かしいヨコハマ [つれづれ]

この週末も東上していました。

毎年この時期に開催される同業者の青年経営者・後継者会の定例会に参加する為で、今回は横浜で開催されました。
今回使用したJRの切符はこれ。
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あれ? と思われるかも知れませんが、それについては後ほど。

京都駅を午前7時52分発の「のぞみ212号」で出発。
途中、米原手前から車窓に雪が見られ、関ヶ原付近では一面の雪景色。
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新幹線は徐行運転で、次の名古屋には40分遅れで到着。
名古屋から先は、一転して快晴で、途中見えた富士山もとてもきれいでした。
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そのまま新横浜駅にも40分遅れで着き、そこからは地下鉄で関内へ。

関内では、約束していた大学ラグビー部&前職の後輩と落ちあい、現在彼が担当しているとある代理店さんを訪問。
その代理店さんは、現在その地域でもトップクラスの会社ですが、私が社会人として初めて担当した代理店さんで、当時は大変お世話になりました。
右も左もわからない新人社員をいきなり担当させるなんて、「その当時の上司もなんと思い切った事を」と思いますが、今の私があるのも、この時の経験があったからこそで、感謝の気持ちでいっぱいです。きっとたくさんご迷惑をかけたと思いますし、社会人として、また業界人としても本当に色々と教えていただきました。また、お母さんのように、故郷を離れた独身社員を可愛がってもらいました。
それがもう23年前の事で、お会いするのも17年振りくらいになります。
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が、みなさん全然変わっておられず、会長(当時は社長)の奥さまも当時の印象のままでお若い!
当時は一番下っ端だったYさんも、いまや常務さん。

懐かしい昔話や、この代理店さんの近況や現在の経営の事など、あれやこれやとお話しているうちに、あっという間に時間が過ぎ、なにか温かい気持ちでおいとましました。
それにしても、私の直属の後輩が担当してるのも、何んとも不思議なご縁を感じます。

午後からは定例の研究会を行い、日が暮れたら懇親会。
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もう15年目に入る会だけあって、二次会、三次会といつものように盛り上がり、夜半にホテルに戻りましたが、どうやら三次会の洒落たバーではほとんど居眠っていたようです^^;

翌朝は、ホテルから昔懐かしい馬車道を歩いて会議室のあるビルへ。
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さすがに20年以上も経つと、馬車道もずい分変わってました。
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そして午前中いっぱいを総会やら引き続きの研究会で過ごし、ちょっと早めに会を中座し東京駅へ。

東京駅からは12時56分発の「はやて27号」に乗り北上。
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上野、大宮、仙台と北へ進むにつれて、お天気や景色もどんどん重くなり・・・
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そして16時33分。定刻で新青森駅に到着しました。
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青森で、鉄関係の友人と少しお会いし、お宝をたくさん拝見させてもらいました。
青森市内はこんな感じ・・・
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ニュースで聞いている通り、例年よりだいぶん雪が多いそうです。

そして19時前に青森駅へ。
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寝台特急「日本海」・・・前篇 [鉄道]

今回の同業者会定例会の開催地が決まったのが昨年の秋。
その時にふと「せっかくだから、行きか帰りに足を延ばして“日本海”に乗ってみよう」と。
“日本海”とは、大阪と青森を結ぶ寝台特急の事です。

私が鉄道に興味を持ったのが幼稚園の頃。そして小学生時代にブルートレインブームがやってきて、もちろん私も写真を撮影したり、親にたのみ込んで実際に乗ったりしていました。
中学生の頃になると周遊券を使って一人旅をするようになり、中3の夏に東北を宿も取らずに夜行列車だけで1週間旅した帰りの最後に乗ったのがこの“日本海”でした。

そして時は流れて、いまやブルートレインも終焉の時を迎えています。
今現在、定期列車として残っているのが、この“日本海”と上野~青森の“あけぼの”、上野~札幌の“北斗星”くらいかな。トワイライトエクスプレスやカシオペアはちょっと毛色が違うし、サンライズは電車だし・・・
このうちの“あけぼの”は3年前に乗りましたから、今回は廃止になる前に“日本海”に乗ってこうと言うことです。

と、寝台券発売の乗車1ヶ月前を待っていると、12月に入って「“日本海”定期廃止」のニュースが流れました。
そうすると、私と同じく「昔を懐かしんで最後に乗っておこう」という人や、いわゆる葬送鉄と呼ばれる人たち、そして、オークションでちょっと稼ごうと言う人たちで、発売日にはあっという間にA寝台や禁煙B寝台の下段は売り切れちゃいました。
私は、1月4日は挨拶まわりがあったので、お昼前に旅行会社で予約をしたのですが、喫煙のB寝台下段がやっと購入できたと言う感じで・・・

で、乗車日が近付くにつれて、更なる不安がやってきました。
ここの所の日本海側の大雪で、1月29日(日)以来、毎日“日本海”はじめ、東北・北陸方面の夜行列車は運休が続いていました。
私が乗る4日の一日前の3日も、6日連続での運休となり、果たして4日は出るのかどうか・・・
4日の朝から、JRのホームページの運行状況を何度も確認しながら、また東京駅の新幹線乗車口でも確認しながら、「今夜も出ないかも」と不安を抱えて青森へと向かいました。

前記事の通り、19時頃に青森駅に着くと、どうやら今夜は間違いなく出るようです。
発車案内表示には「寝台特急 日本海 大阪」の文字が・・・
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もしかしたら、3月以後はこの青森駅に「大阪」の文字が表示されることは無いかも知れませんね。

食料や飲み物を調達してホームに向かうと、列車はまだ入線前でしたが、たくさんの鉄道ファンの人たちがいました。
ホームの屋根からはこんなツララも
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19時10分過ぎに、いよいよ青森運転所(車庫)から青森駅まで先導役のディーゼル機関車に牽かれ、ブルーの車体の“日本海”が入ってきました。
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今夜の牽引機はEF8143。トワイライトエクスプレス仕様の塗色です。
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ちなみに、この機関車は青森~敦賀間を牽引します。敦賀で機関車を交換し、大阪着後その機関車が下り列車の大阪~青森全区間を牽引し、そして上りの青森~敦賀を牽引し運用終了です。でも、今回は雪で運用が乱れているので、この43号機の前運用は?
機関車の前頭には、日本海の荒波をイメージしたヘッドマークが輝きます。
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雪の降り積もった青森駅3番線で発車を待つひと時。
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背後には青森ベイブリッジが・・・
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まもなく発車です。

寝台特急「日本海」・・・中篇 [鉄道]

遅れている八戸からの列車の到着を待って、定刻19時31分から数分遅れて青森駅を発車。
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私の寝台は1号車15番下段。
10号車まである(7・8号車は欠車)編成の中で、私の寝台が一番前になります。寝台券を予約する際に、A寝台・禁煙B寝台が取れなかったので、せめてもという事で、お向かいさんのいない15番を予約しました。
車輌がオハネフ24なら片側のみ寝台で前は壁になるのですが、この夜の編成ではオハネフ25だったので、向かいも16番の寝台なのですが、発券ミスなどの調整用になるので、まず乗客が来る事はありません。
(寝台券発券時には、オハネフ24かオハネフ25のどちらが来るか分からない為です。)
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B寝台は、片側通路の昔ながらの寝台車の雰囲気です。
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通路には折畳み式の椅子があり、眠れない時など、寝台外で車窓を眺める事が出来ます。
寝台側から眺めるとこんな感じ。
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夜行列車の楽しみは、やっぱり寝酒(^O^)
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おつまみには青森駅で調達した「ほたて十万石」。3年前に津軽を訪れた際に出会った蒲鉾。これが美味しいんです。
夕食は、これまた青森駅で仕入れた駅弁
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時間はたっぷりとあるので、列車に揺られながらのんびりと・・・
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お昼の列車、ましてや新幹線などでは決して味わえない独特のまったり感が味わえます。

途中停車駅のホームも、すっかり雪に埋もれてました。(画像は大鰐温泉駅20時31分)
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時刻が21時を過ぎた頃、車内放送を翌朝まで休止する旨を告げる「おやすみ放送」があり、どの時点からか忘れちゃいましたが、車内の電灯も減光され、夜行寝台列車の雰囲気が更に増しました。

寝台に入り横になると、うつらうつら・・・
夜半に目覚めて窓の外を眺めると、先頭の機関車ヘッドライトが周囲の闇を切り裂いて進むのが見え、なんだかたのもしく感じました。
また、闇の中から時よりシグナルや踏切りの明りが、幻想的にスゥ~と近付き、そして後方へと流れ去って行きます。
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そのうちにまた眠りに落ちたらしく、次に目が覚めると列車は鶴岡駅に停車していました。定刻からは約1時間遅れのようです。
と、鶴岡駅の風景が夢の中の事のような感じで、次に目覚める朝6時まですっかり寝込んでしまいました。

寝台特急「日本海」・・・後篇 [鉄道]

すっかり眠りに落ちていたようで、次に目が覚めた時には空が少し明るくなり始めていました。
「はて?今はどのあたりかな・・・定刻なら金沢の手前だけど」と思って停車した駅の駅名を見ると直江津。

そしてしばらくして朝一のおはよう放送が入りました。
列車は、羽越線内での強風による徐行と、新津(長岡だったかな?)駅構内のポイント故障により、およそ2時間遅れているとのことでした。
そして、その後の放送により、列車はこの先、通勤・通学列車と、「サンダーバード」・「しらさぎ」などの列車を優先させるために更なる遅れの増大が見込まれる事。富山から救済列車として、定時運行され京都大阪へは早く着く事が出来る「サンダーバード14号」への乗換えが可能な事などが告げられました。
(と言っても、「日本海」に乗る事が目的の乗客が大半だったので、実際に乗り換えたのは数名程度でしたが・・・)

列車が遅れているおかげで、定時運行なら闇の中だったはずの親不知の海岸からの日本海が臨めました。
さすがに冬の日本海だけあって、海の色も暗く波も荒らそうで、寒々とした印象を受けました。

さらに遅れているおかげが・・・
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剱岳を含む立山連峰からの朝焼けと日の出を見る事が出来ました。

夜行列車で朝を迎え、そして車窓から日の出を拝む事が出来るなんて、これぞ夜行列車の魅力のひとつかな・・・。

「日本海」はその後も淡々と走り続け、途中「サンダーバード」や「しらさぎ」にも道を譲りながらも、各駅の停車時間を最小限に削り、2時間15分前後の遅れを維持しながら終着へと急ぎます。

芦原温泉駅で20分停車し、2本の昼行特急を先に通します。なお、停車駅では無いので、ドアは開きません。
大昔の旧型客車なら、手動のドアを開けてバラバラと乗客がホームに出ちゃう所でしょうね。
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この「日本海」には食堂車なんて連結されておらず、車内販売もここまで一切無いので、飲食物の調達は乗車前に駅などで済ませておかないといけないのですが、通常予定では6時16分着の金沢からは車内販売が乗車するはずでした。
なので、私も含めて「朝食分は金沢からの車販で」と思っていた人も多かったはず。
が、「列車が遅れた関係で、今日は車販は乗車しないので、途中敦賀で19分停車する間にホーム売店で買い物をしてほしい」と放送されました。

で、その敦賀には10時37分頃に到着。
待ってましたとばかりに、ホームの売店へと走る人。そして上り「日本海」の見どころポイントの一つ、機関車交換を見る為にホームの最前部へと走る人。(下り列車は大阪~青森通しなので交換はありません)
私は・・・もちろん、最前部の寝台ですから、まずは機関車交換見物。

青森から頑張ってくれたEF8143はここでお役御免。
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バトンタッチして終着大阪まで牽引するのはEF81108。こちらはオリジナルのローズピンク色。(昔とちょっと色が変わったかな・・・)
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運休がなければ、この夜の下り「日本海」を引いて青森まで行き、翌日の上り「日本海」で敦賀へ戻ります。
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この機関車交換を見に集まった鉄道好きや親子が、機関車と客車との連結の瞬間を見守ります。
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敦賀発車後は湖西線を走り、京都手前の大津京駅で再度「サンダーバード」に道を譲り、京都には12時15分。2時間24分遅れで到着しました。
この日は日曜という事もあってか(通勤・通学列車の影響が少なかった)、遅れは増大せずに済んだようです。
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2時間以上遅れたという事で特急料金3,150円は払い戻し。
いつもなら列車が遅れるとイライラして困りますが、今回は2時間も余分に「日本海」の旅が楽しめて、更に特急料金も払い戻されて、ちょっと得した気分。


こんな感じで、私の寝台特急「日本海」との最後のお別れ乗車が終わりました。
定期廃止という事で、臨時列車や季節列車としての再登場はあるかも知れません。が、同じ感じで廃止された寝台特急「つるぎ」は、以後一度も運行される事はありませんでしたから、当てにはなりません。
またひとつ思い出の列車が無くなります。
「さくら」「みずほ」「銀河」・・・
今や青森までは新幹線で6時間以内と昭和には想像も出来なかったくらいに速くなりました。その陰で、こうしてまたひとつ昭和の産物が消えて行きます。
時代の流れとは言え、なんとなく全てがドライに格好良くなっちゃうようで寂しいですね。
出来るなら、こんな旅のあり方もまだまだ残して行って欲しいと、今回乗車して改めて強く思いました。
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おやおや・・・ [わんわん]

夜ふけ、うたた寝から目覚めると・・・
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思わず、もう一度目をとじました(^.^)

乗車券は一筆書きで [鉄道]

先週は寝台特急「日本海」乗車について書きました。
今日たまたま写真を見ていて、その時に使った切符も撮っていたので、その切符について少し触れておこうと思います。

これから書く事は、鉄道好きや旅行好きな方にとっては常識のひとつでしょうが・・・

今回の行程は、
京都~(東海道新幹線)~新横浜~(東海道)~東京~(東北新幹線)~新青森~(奥羽線)~青森~(奥羽線・羽越線・信越線・北陸線・湖西線)~京都
という乗車になりました。

この行程を示し、乗車券を購入するのですが・・・

近くのJTBへ行き、窓口の若い女性社員さんにこの経路を話し発券をお願いすると、暫し考えた後に端末を操作し発券してくれたのが京都~青森・青森~京都の連続乗車券でした。
この場合の運賃は、13,760円と11,970円の合計25,730円

ある程度予想はしていましたので、「悪いんだけど、今から言う経路でもう一回操作してちょ」と端末画面を見せてもらいながら、経由などを指示して発券すると、21,470円となりました。
その乗車券は、先ほど書きました経路で、唯一重複乗車となる新青森~青森間だけを除外して、京都市内~(先述各路線経由)~京都市内とし、新青森~青森の往復乗車券を別に用意した形です。
これで、21,110円と180円×2の合計21,470円と4,260円の節約となりました。

窓口の若い女性社員さんがちょっと可愛い方でしたので、なんとなくマニアックで恥ずかしかったのですが、「なるほど~」と愛想良く感心してくれたので、まぁ・・・

ご存知の通り、JR(国鉄時代から)の運賃は、距離が長くなればなるほどに割安となる遠距離逓減制となっているためで、出来るだけルートが重ならない一筆書きの距離を延ばすと運賃が節約できるという事です。

子供の頃や学生時代は、少しでも節約しようと、こうした事を考えて時刻表や地図を何度も何度も繰ったものですが、今はその根気も無くなって来ちゃって・・・
もしかしたら、今流の節約術もあるのかも知れませんね。
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Smile・初めての雪遊び [わんわん]

今年は全国的に大雪が伝えられていましたが、京都市内ではほとんど雪が積もる事はありませんでした。
例年では年末あたりから3月初旬にかけて2~3回は積もるのですが。

そんな京都市内も、金曜日の夜9時過ぎあたりから雪が降りだし、2~3時間のうちに一気に積もりました。
夜間にも降り続いたようで、朝には今年初めての雪景色が見られました。
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東山如意ヶ嶽もすっかり雪化粧をし、「大文字」も白く染まっていました。
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せっかくですから、我が家のマルチームを屋上で遊ばせてみました。
にぱっは何度も雪遊びの経験がありますが、Smileはおそらく初めてだと思います。
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白い雪のなかに白いわんこたち・・・
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にぱっはしばらく歩きまわった後、あんよを冷たそうにして戻って来ました。
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Smileはというと・・・
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ふかふかの雪に埋もれながら、とっても楽しそうにピョコピョコと雪の上を駆けまわりました。
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どうやら、Smileは雪遊びが好きなようです(^^♪

そのあと、最近ちょっとにぱっのお腹の調子が安定しないので、念のために獣医の先生に診てもらいに大津の皇子山へと向かいました。
車を走らせると、京都市内の道路はほぼ雪が融け始めていて良かったのですが、東山、逢坂山と山を越える毎に雪の溶け具合が変わります。
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慎重に運転し、そしてSmile以来お世話になっている皇子山動物病院へ行き、先生に診てもらいました。
「きっとフードを変えた事によるアレルギー症状かも」という事で、大事無さそうで良かったです。
お薬を処方してもらい、その後のフードの事やいつも気になってる涙焼けの事についてなどアドバイスをいただきました。
ここの動物病院の杉本先生はとっても良心的で本当に良い先生で、色んな事にも親身になってアドバイスして下さいます。
ゴールデンのくっきーが通っていた近所の動物病院は何をしても大変お金の掛る病院でしたが、同じ動物病院でもずい分違うものです。
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茉莉花 [中島みゆき]

今回の中島みゆきさんの「夜会」も今夜で終了しました。

中島みゆき 夜会 VOL.17 「2/2」

彼と私と、もう1人。
どこかに“それ”は居る。
圭を愛することを自分の幸福として生きたい、
そう願う気持ちがつのればつのるほど、
“それ”は莉花の中から
凶悪な力を増大させながら正体を顕して来た      

舞台版、小説版、映画版を経て、
あの「2/2」が21世紀に蘇る。

(公演パンフレット表紙より)
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ということで、昨年11月19日に初日をスタートし、まずは東京赤坂ACTシアターで12月19日までに全23公演が行われ、そして年が明けて2月5日からは大阪・シアターBRAVA!で21日まで全13公演が行われました。

この「2/2」は、1995年にBunkamuraシアターコクーンで夜会VOL.7として上演され、1997年に夜会VOL.9として再演されました。その間の1996年には小説版が発刊されたり、2005年には瀬戸朝香、渡辺篤郎主演で映画にもなりました。

私はDVD(当時はLDかな・・)でVOL.7を見ただけでした。
このVOL.7の過去6回と決定的に違ったのは、それまではみゆきさんの持ち歌が場面場面でアレンジされて歌われていたのが、この回からはほとんどが新たに書き下ろされた楽曲で構成されていた事だと思います。
そんな事で、初めて見た当初はなかなか馴染めなかった事もありましたが・・・

ストーリーの流れ的には、他の夜会よりも分かり易いと思います。
ひとつひとつの場面場面や楽曲、台詞に籠められた深い意味を汲み取れていないとは思いますが、他の作品では観終わって「う~ん・・・なかなか難しい・・・」と感じるのがファーストインプレッションだったのが、この作品は話的にはすんなりと落ちたと思います。(他の作品も、2回目で観たり、その後DVD化されて何度も見るうちに納得が増えるのですが・・・)

改めて内容などについてはあえて書きませんが、この「2/2」は、あるあの時からDVDのVOL.7を見ても、そして今回のVOL.17の公演を観ても、ある場面で必ず涙が溢れてしまいます。

クライマックスの場面。
姉の茉莉が登場し、妹の莉花に語りかけ、そして歌い上げるシーン。
「私の名はジャスミン、茉莉花の茉莉・・・・・世話の焼ける妹ね、まだこんな所で生まれ損ねていないでちょうだい・・・」
曲目で言うと「幸せになりなさい」~「二隻の舟」~「幸せになりなさい」と続くところなのですが。
「2人で一緒に生きて行く約束、残念だけどそれは、出来ないことになったの。さようならジャスミン、私の妹、1人で行きなさい、私から離れて・・・」
「二隻の舟」のクライマックスへと続きます。

涙が・・・

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今回も本当に素晴らしい公演でした。
みゆきさんの圧倒的な歌唱力・表現力。そして何度もあっと驚かされる場面や舞台装置(小道具も)。女性3人と男性1人で演じているとは思えない役柄の早変わり。

もうすでにDVD化されるのが待ち遠しくなってしまいました。(前再演のVOL.9はDVDにはなりませんでしたが、今回は大丈夫ですよね)
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昨年のコンサートツアーに続いて、今回もなかなかの席が当りました。VOL.14のBRAVA!で後方席を引いて以来、ここ数年は有り難い事に好調が続いています。
まぁ、ファンクラブに登録してずい分長くなりますしね~

出走2週間前か [ラン♪]

京都マラソンまであと2週間となりました。

11月21日にぎっくり腰をやってしまい、その治療回復を待って走り始めたのが12月10日。
そこからは治療と並行して、ウォーキングと軽いランニングからスタートし、週3ペースで序々にランニングの距離を伸ばして行きました。
本格的に走り始められたのが1月に入ってからで、横浜・青森へ行った2月第1週目を除いて1~2日おきの週3ペースで毎回10~12キロを走って来ました。
と、言ってもジムのランニングミル上のみばかりなので、こんなんで42キロを走れるのか不安は募りますが・・・
またちょっとスピードを上げてハードに走ると、腰の張りが強く残るのでそれも不安材料で。
明日あたりに、京都御苑か二条城、鴨川ででも3時間くらい走ってこようかな。

あと、ぎっくり腰をやって、その週にマラソンの当選が決まった時に、「走れなくて仕方ないから、まずウエイトを落して負担を減らそう」と思い、そして始めたのが高蛋白低カロリー食生活。
年末年始は忘年会・新年会・クリスマスやなんやらと外食が多いのは仕方無いですが、自宅での食事と朝昼食は豆腐や鶏肉(胸肉やささ身)、野菜を中心とし、極力油ものを控えて来ました。
私は鍋ものが好物なので、美味しいポン酢を調達し、豆腐や鶏肉、野菜などを鍋に放り込んで食べると全然苦になりません。
お昼はこれまた好物のカップパスタにベーグルと言った感じで。(もちろん、飽きるのでそればっかりじゃないですが)
その甲斐あって、86~87キロあったウエイトが現在は80~81キロで安定しています。時には70キロ台に突入する時もあり、最軽量時は78.4キロでした。70キロ台と言えば高校3年の時以来で、なんと27年振りです。
さすがに70キロ台の時は、走っていると5キロくらいまでは軽快で良いのですが、そこからがガス欠のようにバテちゃってダメですが・・・

思えばこの27年の間。ラグビーの現役時代は80~85キロくらいをキープしていたのが、京都に戻り、ラグビーも序々に遠ざかると一時はマックス99キロまで行きました。ある時期に職場周囲で流行ったダイエットで90キロ~85キロ、そしてそのまま81キロまでは減らした事もありましたが、そこからは年末年始毎に増量してました。
何度かダイエットも試みましたが、なんとも抑制されたようで辛い思いをする割に成果は出ませんでした。
それがこんなにストレス無く、減量出来たのは驚きです。
反面、3・11以後のリバウンドが恐いですが・・・

と書いていると、すごく摂生しているかのようですが・・・

実際は外食も多く、また自宅でもお酒は欠かしませんし・・・
この2週間あまりの間も
9日には久し振りに「まんざら亭NISHIKI」
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11日は大阪の「がんこ」さんで大学ラグビー部の納会
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12日は自宅ながら女ひつじさんを含む女性4人の「しし鍋の会」に飛び入り参加
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15日は仕事絡みで再び「まんざらNISHIKI」で飲み、二次会は「アールズ」でフィッシュアンドチップスを山崎ハイボールで。記憶を失いました・・・
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16日は楽しい楽しい“A2C会”(NZでスタートし、他の呼び名で呼んでましたが、今回勝手に私が改名しました(^^♪)。伏見の料理屋さんで美味しい食事とお酒を堪能し、本当に楽しいひと時を過ごしました。
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18日は高校ラグビー部のあつまり。一昨年末に亡くなられた松尾監督の墓参後、ビアホールで先輩後輩とビールをガッツリと。その前に「世界の山ちゃん」で手羽先と初ホッピー
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22日は大学ラグビーOB会理事会でお弁当。終了後の飲みは気分的に参加せず
23日は大学ラグビーOB会広報委員会の現役MGさんの慰労会。「まんざら亭三条高倉」
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二次会は委員長と2人で詩音でハイボール
で、今日は酒処伏見へ・・・

結構楽しく飲んでます!
こんなんで大丈夫かいな・・・

飲んで・・・走って・・・ [つれづれ]

先週土曜はシゲちゃんマキちゃん夫妻と伏見で飲みました。
夕方に月桂冠大倉記念館で合流し、かっぱカントリーを覘いてからいつもの「鳥せい」へ。
ちなみに、シゲ・マキ夫妻は、この春の転勤で東京へ帰ってしまうそうで、これで飲み友達夫妻が1組減って寂しくなります。

夕方の4時にお店に入り、この日はテーブルがいっぱいだからと座敷に通されました。座敷といっても板間で、足も掘り炬燵式になってるのでくつろぎます。
まずは鳥のうす造りや手羽唐を食べ、ビールで乾杯でスタート。
次いで焼鳥をあれやこれやと注文し・・・
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そのうちに飲み物を「神聖」の日本酒に変えて・・・
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サラダや鳥生ハム、枝豆なんかを追加したと思いますが・・・
お酒も何度かお代わりしたと思いますが・・・
イマイチ記憶が曖昧で・・・でもこれはしっかりと覚えています。
シメの親子丼
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ガラスの向こうが滲んで見えるので随分酔っ払ったかと思いましたが、そういうガラスだったんですね。レトロな感じです。
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隣のテーブルに座った競馬帰りという私たちよりもちょっと年配4人組の方に、「ずい分長く飲んでおられるようですね。楽しそうですね~。」と声を掛けられました。
と、時計を見ると9時を過ぎていました。
5時間か~。そう言えば、隣のテーブルもその4人組で3組目だわ。

4人ともすっかり出来上がって、楽しく電車で帰途につきました。

で、話変わって、翌日は前記事での宣言通り、京都御苑へ走りに行きました。
午前10時に家を出て、ウォーミングアップとして軽く流して5分ほどで蛤御門に到着。
そこからヨーイドンで目標5周で走り始めました。京都御苑外周は約4キロ(4.1km)らしいです。
まず1周目。
体がまだ温まらないのでちょっと辛い。また、気温が6℃と冷たい事と、容赦なく吹きつける北風の向風、そして上り勾配が立ちはだかります。
あと、これまではジムのランニングミル上なので、地面がペースを刻んで動いてくれていたのが今度は自分の足でペースを刻まないといけないので、オーバーペースにならないようにとは思うものの、ペースがつかめず・・・
19分52秒で2周目へ。
体は温まって楽になって来ましたが、やっぱり思ってたよりオーバーペースなので自重しようと思ったものの・・・20分18秒。
そして3周目は快調に20分10秒。
で、ここからは普段のジムでのランニングよりも距離的にも時間的にも超えて行きます。
足が序々に重くなりだすのを感じながらも4周目も19分54秒とほぼイーブンペース。
が、目標の5周目に入った途端に足が更に重くなり、左足裏や左膝に痛みを感じだし、結構つらくなってきました。
が、ラスト1周と気合を入れて19分35秒でゴール。
トータル約20キロを1時間39分50秒。3年前のハーフとほぼ同じペースで走れました。

が・・・もう脚がパンパンで、特に太腿の前に乳酸が・・・。
ちょっと今の私にはオーバーペースだったと思いますが、ジョギングマラソンをして、またハーフマラソンを走った後も、この部位が筋肉痛になった事は無かったのですが。
今回はマラソン前の最終調整で長い時間(距離)を走ろうと思ったのですが、この痛みはショックで、ちょっと不安になりました。
この距離でこんな具合だと、この倍の距離は大丈夫なのか?と。

でも、やっぱり一度この経験をしておいて良かったと思います。
当日はもう少しペースをセーブして、なんとか完走を目指したいと思います。


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