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大人のおもちゃ? [鉄道グッズ]

な~んてタイトルから書き始めると、なんともイカガワシイ雰囲気を醸し出しちゃいますが・・・

確かに、マニアックではありますね・・・

以前の記事に書きました東京の「せとうち」さんで見つけたコレを、ネットで衝動買いしちゃいました。
その“大人のおもちゃ”とはコレです [右斜め下]

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255mm×85mm×85mmの青いボックスです。
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その青いボックスには、列車の行先表示器のミニチュアが内臓されており、実物と同じように字幕がクルクルと回転し、色んな列車や行先を表示してくれます。(14系 尾久客車区モデル)
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なかなか良く出来ており、バックライトも点きますし、字幕の表示順や書体や色までが忠実に再現されています。

コントローラーも201系電車の指令器が再現されており、実車と同じく、駅名対照表で表示させたい行先の番号を調べ、その番号をダイヤルで指定し起動ボタンを押すと、表示器の字幕がクルクルと回りだし、指定の所でピタッと止まります。
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ここまでしっかりと造られていると、もうこれは“大人のおもちゃ”でしょう(^。^)

ここまでの出来なのに、ちょっと惜しい・・
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マニアの粗さがしですが、新大阪や西鹿児島のローマ字表記で「‐」(ハイフン)が抜けているのが勿体無い。
(実車は、SHINOSAKA、NISHI-KAGOSHIMAになってたと思います)

まぁ、興味の無い方からしたらただの箱でしょうが、こんな箱を眺めていると、夜行列車の全盛時代が思い出されます。
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夜の駅のホームに停車しているネイビーブルーの列車。そして、汽笛とともに、ゆっくりとホームを離れて行く列車。十数両連なった列車に輝く行先表示を見ると、長崎や鹿児島、青森などの遥か彼方の地。そんなまだ訪れた事も無い遠い地名に、「いつかこの列車に乗って行ってみたい」とこころをときめかせたものでした。
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そんなブルートレインも、残す寿命はあと僅かでしょうか。
現存しているのは、トワイライトやカシオペア・北斗星など特種を除けば「あけぼの」「日本海」の2往復のみ。(サンライズは電車ですし)
全廃前までにもう一度乗って、ノスタルジーに浸ってみたいな~

コレクションの部屋13 [鉄道グッズ]

すっかりこのカテゴリーを忘れていました。
ブログを書き始めた頃には毎週水曜日は鉄クズコレクションの公開をしようと思っていたのですが、結局昨年は2回しかアップしてませんでした。
で、これからは定期的に・・・な~んて事はなく、ちょっと思い立ったので気まぐれに。

今回は、特急「新雪」のヘッドマークです。
ここ最近よく雪が降るので、ふと部屋の片隅に立てかけてあったこのヘッドマークの事を思い出しました。
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特急「新雪」は、名前が表している通り冬季にのみ運転されていたスキー列車です。
昭和44年1月11日から東京-石打間に運転開始され、以来、スキーシーズンになると必ず毎年運転される季節列車となり、スキー人口の増大に比例して年々運転本数を増やしていき、最盛期には7往復体制にまで成長しました。(この頃には、行先も小千谷や浦佐、長岡行きがありました。)
その後、上越線の定期特急の「とき」が増発され、シーズンには越後湯沢などに季節停車するようになった事もあり、「新雪」は1往復から2往復くらいに縮小され細々と豪雪の上越路を走り続けましたが、昭和63年の運行終了以来翌年からの設定はありませんでした。
この頃には上越新幹線も開業していましたし、昭和60年には関越自動車道が全線開通し、スキーへもマイカーやスキーバスが利用されだした事もあり、「新雪」の利用者数が激減したのだろうと思われます。

昭和40年代や50年代には、全国各地にこういったスキー列車が運行されており、たくさんのスキーヤーをゲレンデへと運びました。私はスキー目的で利用した事は無いのですが、たまたま旅行中に何度か利用した事があり、大きな荷物を持った沢山の人が車内でお酒を飲んだりお菓子を食べながら賑やかに盛り上がっている楽しそうな光景が印象に残っています。
もう今では、旧き良き時代のセピア色の思い出になりつつありますが・・・。

特急「新雪」は、使用される車両も157系・181系・183系(新潟・幕張・田町)、185系のほか、仙台運転所(現・仙台車両センター)・青森運転所の485系、金沢運転所の489系も投入されるなどバラエティに富んでいました。
489.jpgこれは489系車輌です。

ヘッドマークはアクリル(プラスティック)製で、表の透明アクリル板には文字が彫り込んであり、裏に乳白色のアクリル板を張り合わせたもので、車体に取り付ける際にはステンレス製の枠に入れられます。 ちょうど先頭の顔の真ん中部分(左の画像では「能登」のマークが入ってます)に取り付けられ、裏から蛍光灯で照らし出されます。

以前は、「雷鳥」「北越」「白鳥」など関西にゆかりのある列車のヘッドマークを持っていましたが、結構大きな代物で、私の収集範囲では無いのですべて手放したのですが、この「新雪」だけは残していました。
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このマーク、よく見ると新雪の文字に雪が降っているんです。当時のこのような文字のマークはほとんど全てが1色塗りでしたので、現場の方の遊び心というかコダワリを感じます。昭和53年以降、順次全ての特急が上の画像の「能登」のようなイラストマークに変わりましたが、その約10年前に考え出された元祖イラストマークと言ったところでしょうか。

きっと、そんなコダワリが気に入って残ってるんだと思います。

コレクションの部屋12 [鉄道グッズ]

この週末にまた新しい鉄クズを入手しました。(コレクションの部屋は久々なので注釈を入れますが、鉄クズとは鉄道グッズの事なんです。)
知人から連絡があり、「ちょっと物入りがあって手放すが要らないか?」との事。価格がちょっと皆さんには想像のつかないくらいの金額だったので、どうしようかと迷いましたが、なかなか出てくる物でもないので、また、愛着のある物だったので譲ってもらう事にしました。

それは「出雲」という昨年(2006年)の3月に廃止となった寝台特急の機関車に取り付けられていたヘッドマークです。
「出雲」という列車は、1935年に大阪-大社間を結んだ急行列車がルーツだそうです。その後、「いずも」の時代や急行「出雲」の時代を経て、東京-浜田間の寝台特急となったのが1972年3月。それ以後、浜田・出雲市・松江・米子・鳥取などの山陰の都市と東京を結ぶ貴重な足として人気のある列車として活躍しました。1975年には弟分の寝台特急「いなば」も登場し、1978年10月にはこれを吸収し2往復体制となりました。しかし近年になり、空路やバス路線の発達に押され、また車輌の老朽化も進んだ事もあり、2006年3月に惜しまれながらも廃止となり歴史にピリオドを打ちました。ただ、その歴史を汲む列車として、現在も「サンライズ出雲」という寝台特急電車が東京-出雲市間を伯備線経由で運転されています。

このヘッドマークは東京機関区のアルミ製で、昭和56年の裏書がありますので、EF65形1000番台(PF型)に取り付けられていたものだと思います。「八雲立つ出雲・・・」という枕詞で始まる神話の国「出雲」をイメージしたデザインで、赤(朱色)地のマークは青とクリーム色の機関車に映えました。
この「出雲」という列車は、東京を夕刻に出発し東海道を下り、午前1時過ぎに京都に着きます。当事ここから先の山陰線は非電化区間になるので、FF65形電気機関車はディーゼル機関車と交代し、梅小路機関区に引き上げます。そして、その日の夕方に浜田を出発した上りが午前0時過ぎに京都に到着し、逆にディーゼル機関車からバトンを受取り東京を目指して帰っていきました。
なので、日中に梅小路の蒸気機関車館からや山陰線の列車から、昼寝をしているEF65の鼻先に輝いているこの「出雲」のマークをよく目にしていました。なので、なんとなくこのヘッドマークには愛着を感じてしまうのです。

それにしても、この手の鉄クズの価格高騰には思いやられます。一種のバブルですな・・・


嵐電のイベント [鉄道グッズ]

今週は年度末という事もあってメチャクチャ忙しく、慌ただしく過ぎていきました。
本当は月曜にでもアップしようと思いながら、なかなか時間がなくて・・・。

この前の日曜日は、朝ちょっとだけ早起きして(といっても8時)、嵐電のイベントに行ってきました。嵐電って言うのは正式にはたぶん京福電鉄 嵐山本線・北野線と言います。昔は、この他に叡山・鞍馬線があり、こちらを叡電(えいでん)、嵐山に行くのを嵐電(らんでん)と呼んでいました。(京福電鉄は、この他にも福井鉄道線を運営していましたが、平成13年の脱線事故で手放しました)
嵐電は、嵯峨野・嵐山方面への観光客にはお馴染みで、また地域の重要な足としてコトコト走り続けています。今では京都では唯一となった路面電車の区間もあります。

今年の3月19日から7つの駅名を変更すると言う事で、その記念イベントが開催されました。まぁイベントといっても、電車とおなじくカワイイもので、スタンプラリーや記念グッズの販売といったところ。そして、鉄クズ集めの私は鉄道用品オークションがお目当て。駅名変更によって取り替えた駅名板や路線図、車内テープなどがオークション形式で販売されました。オークションといっても1万円を超えたりすることの無いカワイイもので、ちょっと値段の上がるものと言えば、地元の愛着のある方同士が競った時だけで・・・。他のオークションもいつもこんな雰囲気だといいのですが・・・。
ちなみに私は鳴滝駅の駅名板を買ってきました。

こうして、またまた私のグッズ部屋にクズがまた一つ増えましたとさ。

変更になった駅
三条口 → 西大路三条
太秦 → 太秦広隆寺
車折 → 車折神社
嵯峨駅前 → 嵐電嵯峨
高雄口 → 宇多野
御室 → 御室仁和寺
竜安寺道 → 龍安寺


コレクションの部屋11 [鉄道グッズ]

今日は時間があるので、約5ヶ月振りとひさびさの鉄クズの公開です。

今日は「特急シンボルマーク」です。


このシンボルマークは、国鉄時代に製造された特急型電車・気動車の前頭を飾っていたもので、見た事のある方も多いかと思います。(JR化後の製造車輌にも名残を残したのもあったかも知れません。)

このマークは、昭和33年に当時としては画期的な「ビジネス特急」の新設にあたり、その特急の名前と、その新型車輌151系特急型電車の前頭を飾るマークを一般公募をして、そして多数の応募の中から誕生しました。インターネットも無い時代で、駅のポスターが主な告知という公募で、愛称名は9万通を超える応募があり、マークも5537点の応募があったというから、当時の関心の高さが窺えます。ちなみに愛称名は「こだま」となり、後にこの151系電車は「こだま形」と呼ばれるようになりました。

写真のシンボルマークはキハ82特急型気動車の前頭に取り付けられていた物で、電車の物と比べるとサイズが一回り小型の物になります。砲金で出来ておりズッシリと重く、車体には4本のネジ金具で取り付けます。車番は57番の物で、このキハ82 57は函館や札幌に配置され、北海道の特急列車で厳しい気候の中を長年使用された事もあり、マークのゴールドシルバーの塗色ははげ無数のキズが残っています。


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コレクションの部屋 10 [鉄道グッズ]

ひさびさに鉄クズの公開です。
さくらの季節も終盤を迎えましたので、散りきらないうちに“さくらシリーズ”の最終回となる第3弾を。

すでに廃止されており今はもう運転していませんが、長年にわたり東京と長崎(佐世保)を結んできた寝台特急「さくら」の東京-下関間での牽引機関車に取り付けられていたヘッドマークです。
特急「さくら」やそのヘッドマークについての簡単な紹介は、以前に掲載した「コレクションの部屋6・8」でしましたので、今回は割愛させていただきます。
で、今回のヘッドマークは、8でご紹介した「紅さくら」に対し、周囲がピンクで花びらが白という配色の「白さくら」と呼ばれているものです。
東京機関区のアルミ製で、49年4号の裏書がされています。

長い間、東京下関間のおよそ1000キロあまりを、雨の日も風の日も雪の日も列車の先頭に掲げられて走っていただけあって、キズだらけで、塗料も何度も塗りなおした跡が見受けられます。新品の綺麗なのよりそれの方が味があって良いのですが・・・。


今回で、さくらヘッドマークシリーズは終わりです。


コレクションの部屋9 [鉄道グッズ]

月も替わって、ひさびさ1ヶ月ぶりに鉄クズの公開を。

今回は、「信楽行」「草津行」の行先標です。

この行先標(板)と呼ばれるものは、列車のまさに行先を表示する為の板で、列車側面の中央か出入口脇に差し込まれていたものです。随分昔から使われてきたアイテムで、金属製(ホーロー板や鉄板)に始まり、後に軽量化やコストダウンの為か寒冷地以外ではプラスティック製に代わり、その後、駅などでの板の交換の手間を省く為に車体内蔵タイプの字幕が主流となり、そして今時はLED表示が幅を利かせています。(今でも細々と板を使っている地域もまだあるようですが。)

鉄クズの収集屋さんには、ホーロー製の紺色に白文字で、文字が凹んでいるタイプが人気があるようです。あと、今回の板には付いてませんが板の上部に2ヶ所、車体の取付金具に引っ掛けるミミと呼ばれるフックのような物が付いてる方が良いらしいです。その辺を語りだすと限りがないので・・・。

で、この「信楽行」の行先板ですが、ホーロー製でミミが付いてないので、また縦のサイズからディーゼルカーか客車の車体取付枠に落し込むタイプの物です。そこそこ厚みもありずっしり重いです。

この板は、私が中学生の頃に学校の先輩と一緒に、大阪の弁天町にある交通科学館で、前夜から徹夜をして並んで買った物です。当時はまだ国鉄からの廃品の払い下げって感じで、行先板などがたくさん山積みされていて、それをみんなバンバン投げながら掘出し物を探したものです。(今ではそれこそお宝になっていて、そんな雑な扱いは考えられませんが)私はその頃はまだ鉄クズも初心者で、どれが良い物なのかあまり分かっていなかったので、隣のおじさんの「これはいいぞー」と言うのを信じて購入しました。確か500円だったかな。買った後そのおじさんからしつこく「売ってくれ」と迫られましたが、せっかく徹夜して買った物だから大事に持って帰って来ました。

何度か手放す話もあったのですが、そんな思い出があるのと、“じるとしい事にき着く”と勝手な解釈をして、今も大事に持っています。


コレクションの部屋8 [鉄道グッズ]

今回の鉄クズは、6に引き続き特急「さくら」の機関車に取り付けるヘッドマーク・第2弾です。

前回6のヘッドマークは、花びらの周りが緑というデザインの「葉ざくら」と呼ばれるものでしたが、今回は周りが白のなかに花びらがピンクの「紅さくら」と呼ばれるものです。

牽引機関車がSL時代からEF58形までは、「小ざくら」と呼ばれる小さな花びらが3枚配されたデザインのものを使用していました。
その後EF58形の末期から、昭和38年に投入されたEF60形500番台、そしてEF65P形、EF65PF形まで、昭和60年にEF66形に置き換えられるまでは、大きな花びらに文字を配したデザインのものを使用していました。
配色は、周囲がピンクに白の花びらの「白さくら」と、周囲が白にピンクの花びらの「紅さくら」の2パターンが存在していました。
以前、詳しい方にお聞きした事があるのですが、このヘッドマークをデザインされた方曰く、「白さくら」は本州、「紅さくら」は九州という使い分けをしていたとの事でした。ちょっとしたこだわりですね。それがいつの間にか使い分けがなくなったようです。

上の画像のものは、東京機関区のアルミ製のものです。余談ですが、私が子供の頃に初めて乗車した寝台特急が「さくら」で、その時のEF65538号機が付けていたのが「紅さくら」で、大変思い入れのあるヘッドマークです。いまでも、早朝の下関駅での機関車交換の際に見た、朝日に輝く「さくら」のヘッドマークが目に焼き付いています。

ここまでに2種類の「さくら」を取り上げましたが、最後の「白さくら」はまたそのうちに・・・


コレクションの部屋7 [鉄道グッズ]

今週の鉄クズは、
キハ80系特急型気動車の車内形式板(その1)です。
鉄道の車輌には、それぞれ名札のような形式と車輌番号を記したものが、何らかの形で表示されています。大体、車外と車内についており、このようなプレートになっている物や、ペンキ書きされたものなどがあります。
この80系気動車のプレートはアクリル製で、板の裏から文字が彫り込んであります。車内形式板には、製造当初から付いている物と、車輌の改造やメンテナンスの都合などで新たに付け直された物がありますが、これらの物は製造当初からのオリジナルタイプです。塗料がはげている物もありますが・・・。

これらのプレートの意味は、
キ → 気動車のキ
ロ → 昔の1等車からイロハで表記、ロは2等車(現グリーン車)、ハは3等車(普通車)
シ → 食堂車(旧き良き時代です。)
80.81.82 → 形式を表しています。80系シリーズです。
で、そのあとの14や5や17はその形式の車輌番号です。原則的には製造順ですが、同時に複数メーカーで製造された場合は、落成時期が前後する場合があります。

キロ80 14  昭和36年7月製造、57年8月廃車、向日町運転所に配置され「白鳥」や「かもめ」などで活躍し、晩年は「まつかぜ」や「あさしお」など山陰の特急で活躍しました。

キシ80 5  昭和36年7月製造、56年12月廃車、尾久→盛岡→向日町と渡り歩き、その間「つばさ」や山陽九州山陰の特急で活躍し、最後は北海道で「北斗」「北海」などで活躍し札幌で幕を閉じました。

キハ82 17 昭和36年8月製造、56年12月廃車、函館運転所に配置され、「おおぞら」「おおとり」など北海道の特急で活躍しました。


コレクションの部屋6 [鉄道グッズ]

定例の水曜ではないが、二週振りに鉄クズの公開を。

寝台特急「さくら」の機関車に取り付けられていたヘッドマークです。
「さくら」は日本で2番目に誕生した特急列車で、戦後は主に東京と長崎(佐世保)を結び、寝台券の確保が困難な時期もあったほど人気列車の一つでした。晩年は航空機や夜行バスの発達など社会情勢の変化も相まって縮小の一途をたどり、「はやぶさ」と併結となった後、平成17年3月1日、80年近い歴史にピリオドを打ちました。

このヘッドマークは、前出の「はやぶさ」と同じく、昭和60年3月に牽引機関車が東京機関区のEF65PF形から下関運転所のEF66形に変更になった時より、「はやぶさ」と併結となった平成11年12月までの間に使用された物の1つです。下関運転所クラフトセンター製作で鉄製です。ピンクの花びらに周りが緑という事で“葉ざくら”と呼ぶ人もいました。

東京機関区時代のアルミ製の“白さくら”“紅さくら”はまた今度に・・・。


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